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2002


<2002>

接客マニュアル
 先日、工房の近くにレストランが開店して、三日と空けずに通っている。 
もう一方の店より、明るく若い店長もこちらの質問に気持ちよく答えてくれた。
若く初々しいウエイトレスが各テーブルを廻って活気に満ちている。
何回か通って、このレストランは接客マニュアルが、もう一方の店よりファジーか、もしかしてないのかもしれないと感じていた。
もう一方の店ではこちらの問いかけに、マニュアルの一つ手前まで戻ってから、はきはきと答えてもらったことがあって、その滑稽さに思わず笑ってしまったことを思い出した。
今日、「いつもお出で頂いてありがとうございます」と、その日のランチメニューをテーブルに置きながら、フツウに声をかけられて、思わず「ありがとう」と顔を見上げた。
その声賭けの普通さが新鮮に感じられた。
テーブルではいつも下を向いているので、誰にサービスをしてもらったか判らないうえ、開店して間もないのにである。
その娘は、数いるおそらくアルバイトのウエイトレスの中で気になる存在であった。
とにかくその天の声に年甲斐もなく狼狽してしまった。
このおじさんは人畜無害だなと見られて声をかけられたとしたら悔しいなと、店を出てから思った。
1945年生まれ、一昔前なら老人と自らを言っていた齢ではあるが、なぁに、邪気はいまだに地下のマグマのごとく燻っていますぞ。
 世の若い女性諸君御注意あれ。
(2002/12/5)

コオロギ
 帰宅後いつもは、慌しくシャワーを浴びて食事を済ませ、そさくさと二回の部屋に駆け上がってしまうのだが、今日は珍しくゆったりと湯舟に浸かった。
浴室は乳色の湯気で包まれていて心地よい。寒い浴室を暖めてくれた妻の心遣いだ。
湯舟に浸かって目を閉じると窓の外でコオロギが鳴いている。
思い返すとこの秋、エンマコオロギの鳴き声が少なかったような気がする。
心地よいコロコロ、コロコロと土鈴を転がすような鳴き声が極端に少なかったような気がしている。
今、浴室の外ではツヅレタテコオロギが物悲しく鳴き続けているが、初冬の寒空の下で一心に読経を続けているようにも聞こえる。しかし彼にはもう鳴き返してくる仲間はいないだろうと思えば一層哀れだ。
 私はいつしか、子供の頃冷たく光る月の夜道を、急ぎ足の父に引かれて歩いたことを思い出していた。
もう半世紀も前のことだが、冷たい空気の匂いは覚えているような気がしている。
(2002/10/30)

トビとカラス

  昨日の日曜日は、末子の野球試合で朝早くからグランドに立っていた。
空を見上げると、カラス四羽がトビを追っかけていた。
五羽が争っていたのは、普段は飛ばないような高さで、鳴き声は一切聞こえてはこなかったが、逃げ惑う一羽のトビを執拗に追廻して攻撃を加えていた。
己の非を認めているのか,或いは多勢に無勢と逃げを決め込んだのか、只々逃げるだけのトビだった。
カラス達の様子は、さも「お調子」に乗って追廻しに興じているようにも見えた。
なかでも一羽の急進派カラスはいつまでも追跡を緩める様子がみえなかった。
最後まで見届けられなかったが、一羽になったカラスは逆襲でもされたんではないかなどと思ったりもしていた。
  何年か前、やはりグランドで、こどもたちの中へ突然一羽のカモが、まるで餌を漁るハトのように、降り立ったことがあった。
カモの異様な様子から周囲を見回すと遠くの電線に一羽のカラスが、こちらを見つめていた。
このカラスは日が暮れるまで電線の上でじっと動かずにカモを狙っていた。
このカモは降り立ってしばらくして捕まえて、夜陰に乗じて芦原に放した。
カラスは何時間もの間、カモが飛び立つのを待ったことになる。
忍耐強いのには、皆で驚いた。
  またこんな事件もあった。
娘が小学4年生の頃だったと思う。
数日にもわたって、登下校の際、カラスに後を付けられて、怖い思いをしたと、話を聞いたことがあった。
只「カーカー」と人には聞こえる会話なのだが、一つの目的を持つと、役割分担までやってのけている。
こんなことに感心するやら驚くやら・・・・そんなことを思いながら高い空のバトルをボーっと眺めていた。
幸い、野球の試合には勝って関東大会出場権を得た。

(2002・9・30)

夏の終わりに思うこと
 近頃の朝夕の気温の低下でほっとするような寂しいような気持ちになっている。
酷暑だった今年の夏もいよいよ終わりである。
日曜日の朝シャンで開け放った窓から乾いたような小型飛行機の遠い爆音が聞こえていた。
そのときは秋を感じて空を見上げた。
体力が萎えたことを自覚しているからかもしれないが、夏が終わるんだと思っただけでもずいぶんと元気が出るような気するものだ。
去年の夏、その前の夏を思い出すまでもなく加齢は確実に進んでいる。
ひと夏を元気に過ごすことが少しづつハードなってきている。
さすがにこの年令になって邪気が薄らいだとはいえこのまま終わりたくはないものだ。
仕事の上での錦秋は望むべくもないが、一瞬でも燃えて人生の秋を演出できたらと思っている今日この頃である。
(2002.08.31)

セミ
 10日ほど前から、朝の公園には黒い小さな縦穴が目立ち始めた。
何 とはなしに数えてみると、その穴の数は70〜80にもなった。云わずと知れたセミの抜け穴である。
・・・・ところがである。 セミの姿はもとより鳴き声さえも聞いていないのだ。
只、カラスやヒヨドリが桜の木の茂みにもぐりこんで騒いでいることがあったので、早朝にこれらの野鳥に捕捉されてしまっているのではないか、セミの羽化と云うものは、始めの頃はメスばかりのために鳴き声が聞こえてこないのだろうか。
そんなことを思いながら、今朝も愛犬と「朝散」をしてきたのだが、ここ数日やっと「ジイ ジイ」と短く鳴くアブラゼミを聴くことが出来た。
 それにしても天気続きで乾ききった硬い粘土質の土の中から、満を持して地上へと昇ってくるセミの強い意志と、暗くなってから地上に出るタイミングの良さには驚かされる。
これも気が遠くなるような永い年月をかけた進化の姿に違いないのだが。
                                               

(2002/07/26)


ホトトギス

 ホトトギスは子育てを放棄した風変わりな進化をしてきた鳥、そして霧が漂う夏の高原でどこからともなく聞こえてくる特徴的な鳴き声の持ち主と云うイメージがある。
今まで図鑑以外ではそのすがたを見たことはなかった。
今日、「テッペンカケタカ」とか「トッキョキョカキョク」と聴きなしでは言う鳴き声を、あちこちに林が残る住宅街で聞いた。
それは、いまにも泣き出しそうな曇り空を、二羽のホトトギスであろう鳥が先を争うように飛び去る姿だった。
カラスやハト、オナガやヒヨドリ或いは鷹の仲間でもなかったので、鳴き声の方角からして、ホトトギスに間違いなかったと思う。
たぶんハトよりは大きかったように思われた。
無事に托卵を終えた番だったのか、縄張り争い が起こったのか、その様子を最後まで見届けら れなかったのは 残念だが、この夏も横浜の街中でホトトギスの渡りを確認することができた。
 丁度子供の野球試合の最中だったが、この試合で息子は満塁ホームランを打ってチームは勝利し、二年連続夏の日本選手権の出場権を獲得した。
   
(2002.06.23)

グランドの虹

 日曜日の夕方、ひんやりとした風と共に空一面に重い雲が広がっていった。
そして突然の雷鳴と同時に雨が降り始めた。
グランドを適度に湿らせた雨は
やがて途切れがちになり、低い太陽がオレンジ色の光の束を乳色の街に伸ばしていった。
夕闇迫る街並みから、いつの間にか二重の大きな虹がかかっており、グランドでは、白いユニフォームの子供たちが練習最後のランニングを繰り返していた。
暮れなずむ空と虹彩、水をかぶった緑の芝と白いユニフォームの影、影、影。
私には水煙の向こうがまるで一幅の絵のように思えた

                                                         (2002/05/26)

親父にはちょくちょく会ってます
 去年の夏、私は88歳の親父を亡くした。  突然孤独になったと思った。
56歳にもなっており覚悟は出来ていたはずだったが、親父の死という現実をすぐには受け入れられなかった。
そしてその夏以来、親父が夢の中にちょくちょく出てくるようになった。
夢の中のシーンは思い出せるものもあるが、その大半は思い出せないでいる。
思い出せないでいると書いたのは、私は夢を「思い出」としていつまでも記憶していて、折々に、さも昔し観た映画のワンシーンをたどるように反芻するのが、おかしな話ではあるが楽しみになのである。
そんな時、頭の中には感激的なジオラマが広がるのである。
そして何の脈絡もなく(夢だからもとより脈絡などあるはずもないのだが)親父が現れて、二言三言コトバを交わしてポッと居なくなるのである。
その瞬間は寂しいとか、何で行くのかなどという感情はほとんど湧かないようだが、ただもう一言、何か言って欲 しかったなと、いつも少しだけ未練を残している。
親父の夢は、おそらく一月に一度くらいは見ていると思う。
こんな密かな楽しみがあるので、墓参りや線香上げに行ってしまうと、もしかして親父に夢の中でも会えなくなってしまう気がして、家内に言われても出かけるのを躊躇している。
 そんなことがあるので、夕方気がついたときには西方浄土に手を合わせてはいる。
そんなこんなでまもなく一周忌になる。
墓参りしない息子を親父は怒っているかどうか、そう遠くはない時期に会って訊いてみたい。
そのとき親父は「善将」と笑いながら言ってくれるか。
(2002/4/30)

桜とスズメ 
 砂嵐が去った翌朝、公園の広場は、砂の表土が吹き飛ばされて赤っぽい粘土質の地盤が露出して見えていた。
あの強風下で七分咲きの桜は相当痛めつけられたはずだが散ることはなかったようだ。
今朝、その桜の下におもしろいものを見つけた。
普通桜が散るときは、五弁の花びらが
一枚づつひらひらと舞い散ると思うのだが、今朝は五弁の花び らをいっぱいに開いたままの「桜の花」が両手で円を作ったほどの広さに二箇所、まるで植えて おいたクロッカスの球根が一斉に花をひらいて群落を作ったように地面に立って咲いていた。
おそらく強風で疲れ果てた花が風の凪いだ夜か朝早く、ガクの根元からポロッと折れ、ピンク色をした竹とんぼのようにクルクルと回転しながら、落下し続けたのだろう。
そうやって地面に降り立った桜の花はみな一様に上を見て枝先で風に揺れている花たちを、恨めしそうに見上げているようだった。  
桜の花には蜜を求めてメジロやウグイスの群れがよく飛来する。
私が見上げているときにスズメもやって来たのだが、スズメに花の蜜を吸う習性があるかどうか知らないが、花の中にうずもれ てなにやら忙しげにしていた。
そしてその時、桜の花が一つ二つと回転しながら落ちて地面に降り立った。

スズメが満開の花の中に埋もれて、花を摘んでは落として遊んでいるのかもしれない・・・と本気でそう思 った。
                                    (2000/3/23

 若いカラスの春

先日の朝、公園横の建物の屋根に奇妙なしぐさを続ける一羽のカラスがいた。
近づいて見てみると 巣材にするにはむやみに横枝が多く扱いにくそうな枝を、せわしげに曲げてみたり、引っ張 ってみたり、 屋根から落としそうになったりと、それはまるで緊張のあまりせわしげにポケットからタバコを取り 出して、震える 指に一本を挟んだものの、上手く火がつけられない、ポットでの青年のようなのである。
私とカラスとの距離はかなり狭くなってきているのに、やめる様子もなく、時折私の頭上に目をやっているふしがあって納得できた。
剪定を終えたばかりで、さっぱりとしたもみの木の頂近くに、一羽のカラスがとまっているのである。
その様子からして、できたての番だと見てとれた。
屋根の上で、一生懸命枝をいじっているカラス君のお相手なのである。
次の朝そのもみの樹のくだんの場所に は昨日の枝らしいのが、太い枝の間に差し渡してあった。
そして三日目の朝も巣作りが進んだ様子はまったくなく 、番の姿もなかった。
このもみの樹は地面近くから階段状に太い枝が水平に突き出て、子供が足をかけて登るには格好の樹形なのである。
下から眺めていてこんなところに巣作りをして・・・と心配をしていたのだ。
案の定巣は作られなかった。
若いカラス君がここだと選んだ場所が、トシマのお相手にOKされなかったのか、はたまたカラス嬢の本能で危険な場所だと察知したのか判らないが、他の安全な場所で、改めて巣作りを始めていて欲しいなと、歩くと床がぎしぎし鳴く貸家の住人は思ってしまいました。
 

(2002.03.02)

冬の剪定 

 

 昨日とおとといの二日間をかけて、近所の公園では常緑樹の剪定作業が行われた。
黒々と盛り上がった樹形の椎の木やモチノキがすっかり切り詰められて、巨大な蛸のような根っこが今にも浮き出しそうな程軽く見え、寒々となってしまった。
手のひらで樹幹に触れてみると,いつもよりも冷たく凍えているように感じた。
切り落とされた枝葉は山のように積み上げられ、この寒風のなか切られた直後のように青々とした硬い冬芽を つけたまま、冷たい地面に伏せている。
 この木は毎年樹下が黒々と染まるほどに椎の実を落としていた。
そして私は落果の時期が終わるまで、毎朝手のひらに少しずつの椎のみを拾って持ちかえり、朝の食事のテーブルに転がしておいた。
子供たちは椎の実を見てもほとんど何も言いませんが、なにそれでもかまいません。
彼らが出かけてから黒い皮をむいて食べてしまうからです。
丁度生芋のような味ですが、野鳥は食べないよう です。私には渋い木の実なんかよりよほど旨いと思うのですがね・・・・。
またそのほんの一部は、毎年あちこちに埋めて発芽を楽しみにしていますが、そう易々とは根付かないようです。
 さて、今年剪定されたこれらの椎の木は、この春どんな姿になるのか、秋にはまた実をつけて私を楽しませて くれるのか、ずっと見続けていこうと思います。
 ふと気がつくと、丸裸になった枝では二羽のヒヨドリがいつになく静かに羽繕いをしていました。
多分新しい番だと思います。

(2002.1.31)


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